夏もの小ネタ1


「明神さん、私気になる事があるんだけど」
 静まり返った共同リビングで、夏期休暇の課題とにらめっこをしていた姫乃が突然声を発した。
「宿題はわかりませんよー」ソファに体を預け、広報紙(当然無料だ)のページを繰っていた明神の間延びした声が空気に溶けていく。彼女の方には視線すら向けようとしない。
「そうじゃなくって。あのね、今夏だよね?」
「……ひめのん、夏バテか? それとも勉強のし過ぎで疲れてるのか?」明神が顔を上げる。ちがうよ、と姫乃は頬を膨らませた。

「あの黒いコート、夏はどうしてるの?」

「どうしてるのって……」質問の意味が分からないといった風の明神がおうむ返しに答えた。
「だってあれ革でしょう? 長袖だし、夏は着てられないでしょ。『案内屋』としてお仕事する時はどうしてるの? ……ああ見えて実はメッシュ素材? クールビズ?」
 いつの間にか姫乃は随分明神の近くまで来ている――にじり寄っているというべきか。
「メッシュ!? ていうかコートでそれおかしくない? あと言ってる事もなんかおかしいからひめのん!」
 逃げ場などないのに、ずり上がるようにして姫乃の包囲網からの離脱を試みる明神。
「こっちが聞いてるの。ね、どうなの?」
「あのなあ……」
 明神は諦めから思わず嘆息した。

(何かいろいろ揉めているらしい。十五分後)

「つまり、夏休みの宿題が行き詰まって暇になったと、そういうわけだな?」
 明神は手のひらで顔を覆った。虚脱から来る疲れが色濃くにじみ出ている。
「だってガクリンなかなか帰って来ないんだもん」すっかりくつろぎモードに切り替わった姫乃が足をぷらぷらと動かす。
「よーし、オデコを出しなさい」「ええっひどいよ明神さん!」「暇つぶしにされたオレも十分かわいそうだと思うんですけど」

 セミのけたたましい鳴き声をBGMに、夏の午後は過ぎていく。


おわり


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